即興文学

即興文学#14 -閉鎖病棟のふたご座流星群-

即興で書いた短編を公開するシリーズ、「即興文学」です。

今日は「閉鎖病棟のふたご座流星群」をお届けします。

この作品には性的暴行や自殺未遂に関する描写が含まれています。

過去の経験によってはつらい記憶を呼び起こす可能性があります。

読む際はご自身の心と体の状態を最優先にし、無理はしないでください。

なお、この物語は絶望の中で終わるわけではありません。

ほんのわずかでも光を描こうとしています。

本文

「ちょっと話したいことがあるんだけど、いいか」

担任が私に声をかけてきた。

「どんな話なんですか?」

「後で話す。放課後、美術準備室に来い」

私は「なんで美術準備室?」と思った。

放課後美術準備室に行くと、担任が待っていた。

「すみません、話ってなんですか?」

彼は部屋の鍵をかけた。

「まさか、話があると思ってきたのか?今日は話なんてない。お前を襲うために呼んだ」

私はそれで全てを察した。

だが、もう逃げられなかった。

それから私は力づくで服を脱がされていった。

必死で暴れた。

でも、だめだった。

されるがままにされた。

そこから先はよく覚えていない。

気づけば私は西日が差し込む部屋の中、天井を見上げていた。

何も感じなかった。

家に帰って真っ先にシャワーを浴びた。

夕食は食べれなかった。

翌日、私は布団の中でうずくまっていた。

「もう学校の時間だよ!早くしなよ!」

母親がリビングで私を呼んでいる。

私は制服に着替えて、なんとか学校に行こうとした。

玄関で靴を履こうとした瞬間、昨日の風景が白昼夢のように現れた。

私は過呼吸になっていた。

「どうしたの?体調悪いの?」

母親は心配していた。

だが、何も言えなかった。

私は部屋に逃げこんだ。

そして布団をかぶり、涙を流した。

声は出なかった。

ただ、枕がすごい勢いで濡れていった。

気づけば私は部屋のベランダに立っていた。

ここは4階。

「すべてを終わりにしよう」

私の手は異常なほど震えていた。

空は晴れていた。

私はその景色を眺めた後、柵に手をかけた。

そして柵を乗り越えた。

その瞬間、私は重力を感じなくなった。

目をつぶっていたが、ものすごい音の風が聞こえた。

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「ここは、どこ?」

見上げると、白い壁があった。

「もしかして、また美術準備室!?」

私は暴れ出した。

だが、左腕に針が刺さっていた。

後ろを見ると、モニターに数字が表示されていた。

「もしかして、病院?」

前には医師がいた。

「目を覚まされたんですね。本当によかったです。あなたは4階から転落して、しばらく意識がなかったんですよ」

私はなんとなく思い出した。

「結局死ねなかったじゃん」

私は今すぐ病室を抜け出してまた飛び降りてやろうかと思った。

「ただ、これからも命の危険があると判断されました。親御さんの同意を得て、医療保護入院となりました。体調が回復するまでは退院できないです」

ショックだった。

「え、出られないんですか?」

「はい。今退院しても、…」

私はぼーっとしていた。

医師は去っていった。

そこからしばらく、ベッドに固定されたままの生活が続いた。

スマホは使わせてもらえなかった。

「こんなところにいて、なんの意味があるんだろう。あのとき死んでいたほうがずっとマシだった」

そんな虚無の日々が続いた。

手足が動かせず、動かないマネキンのようにずっと寝ていた。

何もする気になれなかった。

病室のカーテンは開けないでほしいとだけ言っておいた。

その後、私は骨折した手足や肋骨の手術を受けた。

「すべての手術が終わったよ。よかったね」

看護師が私にそう言った。

「べつに。なんもよくない。あのとき死んでればよかった」

彼女は悲しそうな表情をしていた。

それから私は精神科医の治療を受けることになった。

だが、ずっともやもやして治療を受ける気はなかった。

彼女は毎夜、私の病室にやってきた。

何も言えなかった夜でも、ただ私の手を握ってくれた。

だが、それすらつらかった。

あるとき、私の目に西日が入ってきた。

私はすべてを思い出した。

私は過呼吸になり、その場で倒れ込んでしまった。

「大丈夫!?」

看護師が駆けつけた。

私は口をぱくぱくさせるだけで何も言えなかった。

手が異常なほど波打っていた。

その夜、彼女が私の病室にやってきた。

「今日は大変だったね」

私は黙った。

「私の気持ちなんて、あんたにわからないでしょ」

彼女はしばらく黙っていた。

「うん。私には、あなたの苦しみは全くわからない。想像することもできない。でも、ただ隣にいることはできる」

私は重い口を開いた。

「べつに、寄り添ってもらおうとか思ってない。私は今すぐ死んでしまいたい」

少しの間沈黙が流れた。

「今日はふたご座流星群の日なんだよ。屋上、行ってみる?」

私はびっくりした。

今まで屋上なんて行ったことがなかった。

「屋上なんて、行かせてもらえないでしょ。私はすぐ死のうとするから」

「そうだよ。普段だったら屋上には行けないよ。でも、今日はふたご座流星群だから特別に見てもらいたいと思って。私が一緒なら医師もいいって言ってた。連れていってあげる」

私は「また飛び降りるチャンスだ」と思った。

だが、今私は車椅子生活をしていて足が思い通りに動かなかった。

きっと屋上に行っても死ねないだろう。

「やっぱり興味ない。流星群なんてどうでもいい」

私は視線をそらした。

「今年は月がいなくて、流星の数も多いんだってさ。最高の条件なんだよ。来る?」

看護師はしつこく私に勧めてきた。

「まあ暇だし。行くだけ行ってみるよ」

「ありがとう。じゃあ連れていってあげる」

私は車椅子で運ばれ、専用エレベーターに乗せられた。

扉が開くと、そこは別世界だった。

「すごい、今まで外なんて見たことがなかった」

あたりは真っ暗だった。

遠くのほうに街明かりが見えるくらいだった。

「今日は晴れてるよ」

私が空を見上げると、そこには無数の光の点が光っていた。

「すごい…」

私はしばらくその姿を眺めていた。

地平線のほうを見ると、一際目立つ星座があった。

「あの砂時計みたいなやつはなに?」

「あれはオリオン座だよ」

「初めて見た…」

左上だけ赤っぽかった。

そこから視線を上にあげていくと、また明るいオレンジ色の星が見えた。

「あれは何?オレンジ色の明るいやつと、周りにつぶつぶがいっぱいあるよ」

「あれはヒアデス星団。オレンジ色の明るい星はアルデバランっていうんだよ」

私はしばらくその姿を見ていた。

「さらにその上にはすばるがいるよ。見える?」

アルデバランからさらに上のほうに行くと、青っぽいキラキラがあった。

「あの青っぽいやつがすばる?」

「そうだよ」

「綺麗だね」

私はその姿をまた、しばらく眺めていた。

すばるはヒアデス星団とは少し違い、なんかキラキラしていた。

その姿が宝石のようで、ただただ美しかった。

そのとき、明るい光の筋が頭上を流れていった。

すばるの横をかすめていった。

「お!流れた!」

彼女が大きな声をあげた。

「え、今流れたよね?あれが流星群?」

「そうだよ。これから何十個も流れてくと思う」

私はまた、すばるのほうに目線をやった。

それから私たちは10個以上の流れ星を見た。

その度に私たちは大はしゃぎした。

「もうそろそろ消灯時間だね。帰ろっか」

「あ、そっか。さすがに一晩中は見れないよね」

「うん、これからがいい時間帯なのにね」

彼女の声は悲しそうだった。

「星は好きになった?」

「うん。綺麗だった」

私はすばるをずっと眺めていた。

「もし星が見たいっていうなら、毎日ここに連れていってあげるよ。でも、ひとつ約束をしてほしい」

私は彼女のほうを向いた。

「今まで精神科医の治療、受けたくないって言ってたよね。確かに、治療を受けると過去のトラウマに向き合わないといけなくなる。それってすごくしんどいと思う。つらいと思う。でも、これから前に進むのに必要なステップなんだ。つらいときはまた星を見せてあげるよ。どう?明日は精神科医の人と話してみる?」

私は黙った。

精神科の治療は怖そうだった。

「もっと私が壊されるのでは」と心配だった。

でも、また星が見られるのなら…

私は口を開いた。

「わかった。明日は10分だけならいいよ」

彼女は笑顔になった。

「えらいね。でも無理しなくていいよ。ここは安全だから、少しずつ歩いていけばいいよ」

私は何も言わなかった。

視線をすばるのほうに戻した。

そのとき、今までより遥かに明るい、緑色の流れ星が流れていった。

「え!今めっちゃ明るいの流れた!すごいよ!」

「うそ?まじ?私見れなかったんだけど…」

彼女は残念がっていた。

それから私たちは病室に戻った。

その日の夜は、久しぶりに夢を見なかった。

何も見ず、ただ安らかに眠れた。

朝が来た。

少しだけ、ほんの少しだけ「生きていてもいいのかな」と思った。

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