即興文学

即興文学#7 -冬のダイヤモンドと私-

即興で書いた短編を公開するシリーズ、「即興文学」です。

今日は「冬のダイヤモンドと私」をお届けします。

本文

「あのアニメ、最後めっちゃ面白かったよな!」

いつも通り男子たちと盛り上がっている。

「で、お前はどう思った?」

「私?私は…」

あ、まずい。

終わった。

「え、今私って言った?何それ?オカマみたいできも」

「うわー、お前そっち系だったのか、幻滅したわー」

「なんかお前昔から男らしくないって思ってたけど、オカマなのか。もういいわ」

その男子3人は私から離れていった。

私は外から見れば男子高校生。

だが、中は常にあやふやな性自認に揺れている。

「男らしさ」が嫌いで、ひとりのときは一人称「私」を使っている。

人の前では今まで「僕」でやり過ごしていたのだがーー

終わってしまった。

ついに、いつもの癖で「私」と言ってしまった。

その男子3人はクラスでも人気が高く、噂をばら撒かれたらもう終わる。

人生終わった。

私は午後の授業が残っているのにも関わらず、荷物をまとめて学校を出た。

「もうどうしたらいいの…」

いつかこうなることは分かっていた。

だが、ついに今日こうなってしまうとは。

もう人生が終わったような気がしていた。

「でも今日バイトある…」

17:00からカフェでのバイトが入っていた。

「もう休みたい」

私は歩道橋にもたれかかり、眼下を走り去る車を見つめていた。

「私もここから落ちたのなら、女子に生まれ変われるのかな」

そんなことばかり考えていた。

「男なんだから、筋トレして男らしくしろ」

「髪が長いのは女っぽい。気持ち悪い」

無意識にそう言われ続けてきた。

特にあの男子3人からは、見た目のことで度々いじられてきた。

「お前らに私の気持ちがわかるわけ…」

下を見た。

無数の車が次々と走り去っていく。

私はその柵を乗り越えようとした。

でも、できなかった。

私はその場でうずくまり泣いてしまった。

しばらく泣いていたが、通っていく人全員に無視された。

「やっぱり私なんかいないほうがいいんだ」

理解者などひとりもいない。

でも、飛び降りるのは怖すぎて無理だった。

私は歩道橋から飛び降りるのをやめ、次の死に方を考え始めた。

「もう電車しかない…」

私は最寄り駅までふらふらしながら向かった。

そして電車のホームに立った。

「まもなく、1番線に通過電車…」

「これが最後のチャンスだ」と思った。

電車が向こうからやってきた。

「今、走って飛び込めば…」

私の足は1mmも動かなかった。

気づいたら電車は走り去っていった。

「もう終わりだ…」

私は気持ち悪くなって男子トイレで吐いていた。

「やっぱり、もう私は男として生きるしか…」

私はもうくだらない性自認を捨てるしかないとすら思った。

「男になり切るにはどうすれば…」

それだけを考えていた。

気づけば16:30になっていた。

「バイト、行くか…」

バイト先のカフェに着いた。

内面はめちゃくちゃだった。

だが、忙しくてそれどころではなかった。

「今日は1980円ですね。お会計お願いします」

淡々とレジを打つ。

もはや私の表情はふぬけになっていたのかもしれない。

仕事が終わった。

私は気力を失い、休憩室で倒れ込んでいた。

「ちょっと、大丈夫!?」

起こしてくれたのは大学生のA先輩だった。

「A先輩… すみません…」

「いや、大丈夫だよ。それより、今日ずっと調子悪そうだったけど大丈夫なの?」

「まあ、はい…」

私はもう帰ろうと思った。

でも、朝になればまた地獄がやってくる。

どうにかしてこの世から消える方法がないか模索していた。

「そういえば、君の裏アカを見つけちゃったんだ」

私ははっとした。

そこには性自認のことや学校の愚痴などが書き連ねてあった。

「いや、気のせいですよ、僕裏アカなんて持ってないですし」

「じゃあこれは?」

先輩のスマホには、私の裏アカが写っていた。

「まさか…」

「共通のフォロワーがいてさ、たまたま見つけちゃったんだよね」

私はもう終わったと思った。

学校からも排斥され、今度はバイト先までも…

「今まで知らなかったけど、私は気にしてないよ」

私は驚いた。

「本当ですか…?僕は今日もオカマって言われたんです…」

「そう言う人もいるけど、全員じゃない。理解者は必ずどこかにいる。私は全然気にしてないよ」

「ありがとうございます…」

「もしよかったら、今日星見に行かない?君に穴場教えてあげるよ」

「そんな、先輩と一緒に行くなんて申し訳ないです」

「全然大丈夫だよ!今日はこのあと予定ないかなたまたま星見ようかなーって思ってたんだ。ひとりだと怖いから来てほしい。来る?」

「じゃあ、せっかくなので行きます…」

それから先輩は私を車に乗せて、暗い道を走り続けた。

「着いたよ!」

車から降りて、頭上を見上げた。

そこには無数の星々が光っていた。

「すごい…」

私は初めて見る無数の光たちに、思わず息を呑んだ。

「私もね、バイセクシュアルで高校のときいじめられてたの。そんなとき、お父さんがここに連れてきてくれたんだ」

「そうだったんですね…」

私は先輩の話よりも夜空のほうに気を取られていた。

「あの明るい星、なんですか?」

「あれはカペラじゃないかな?五角形、見えるでしょ。あれがぎょしゃ座だよ」

「へぇ…よく知ってますね」

「うん。星が大好きで、たまに星を見に行ってるんだ」

横を見ると、先輩は双眼鏡で何かを見ていた。

双眼鏡… すごいな。

「ねえ、今も死にたいって思う?」

私はびっくりした。

正直に答えた。

「はい…もう、学校での居場所を無くしたので、すべて終わりにしてしまいたいです」

「そっか…」

先輩は黙り込んでしまった。

「でもね、星たちは差別をしないんだよ」

「星…?」

「うん。ほら、見て。カペラもアルデバランもリゲルも、シリウスもプロキオンもポルックスもそこにいるでしょ。バイセクシュアルだとかトランスジェンダーだからとか、関係ないんじゃないかな。だから、見てるだけで差別しない存在もたくさんあると思うよ」

「なるほど…」

「あの青いキラキラ、見える?」

「はい、あれはなんでしょうか」

「あれはすばる。双眼鏡で見ると綺麗なんだよ〜。見てみる?」

私は双眼鏡を手渡された。

「どうやって使うんですか?」

「ここでピント合わせるだけ。やってみて」

私はすばるを探した。

「あ、なんかもくもくしたやつが!」

「それだと思う!」

私はずっとそのもくもくに夢中になっていた。

「どう?綺麗でしょ」

「すごい…」

「だよね。私は正直、生きてればなんでもいいと思うんだ。もし君が「僕」で生きたいならそれもいいし、「私」で生きたいならそっちでもいい。好きなほうで生きなよ。そしたら、また星に出会えるよ」

「ありがとうございます。本当に綺麗ですね…。もしよかったら、また私を連れてってくれませんか」

「もちろんいいよ!また一緒に星を見ようね!」

私はそのとき、初めて私を差別しない存在に出会った。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です