即興で書いた短編を公開するシリーズ、「即興文学」です。
今日は「冬のダイヤモンドと私」をお届けします。
本文
「あのアニメ、最後めっちゃ面白かったよな!」
いつも通り男子たちと盛り上がっている。
「で、お前はどう思った?」
「私?私は…」
あ、まずい。
終わった。
「え、今私って言った?何それ?オカマみたいできも」
「うわー、お前そっち系だったのか、幻滅したわー」
「なんかお前昔から男らしくないって思ってたけど、オカマなのか。もういいわ」
その男子3人は私から離れていった。
私は外から見れば男子高校生。
だが、中は常にあやふやな性自認に揺れている。
「男らしさ」が嫌いで、ひとりのときは一人称「私」を使っている。
人の前では今まで「僕」でやり過ごしていたのだがーー
終わってしまった。
ついに、いつもの癖で「私」と言ってしまった。
その男子3人はクラスでも人気が高く、噂をばら撒かれたらもう終わる。
人生終わった。
私は午後の授業が残っているのにも関わらず、荷物をまとめて学校を出た。
「もうどうしたらいいの…」
いつかこうなることは分かっていた。
だが、ついに今日こうなってしまうとは。
もう人生が終わったような気がしていた。
「でも今日バイトある…」
17:00からカフェでのバイトが入っていた。
「もう休みたい」
私は歩道橋にもたれかかり、眼下を走り去る車を見つめていた。
「私もここから落ちたのなら、女子に生まれ変われるのかな」
そんなことばかり考えていた。
「男なんだから、筋トレして男らしくしろ」
「髪が長いのは女っぽい。気持ち悪い」
無意識にそう言われ続けてきた。
特にあの男子3人からは、見た目のことで度々いじられてきた。
「お前らに私の気持ちがわかるわけ…」
下を見た。
無数の車が次々と走り去っていく。
私はその柵を乗り越えようとした。
でも、できなかった。
私はその場でうずくまり泣いてしまった。
しばらく泣いていたが、通っていく人全員に無視された。
「やっぱり私なんかいないほうがいいんだ」
理解者などひとりもいない。
でも、飛び降りるのは怖すぎて無理だった。
私は歩道橋から飛び降りるのをやめ、次の死に方を考え始めた。
「もう電車しかない…」
私は最寄り駅までふらふらしながら向かった。
そして電車のホームに立った。
「まもなく、1番線に通過電車…」
「これが最後のチャンスだ」と思った。
電車が向こうからやってきた。
「今、走って飛び込めば…」
私の足は1mmも動かなかった。
気づいたら電車は走り去っていった。
「もう終わりだ…」
私は気持ち悪くなって男子トイレで吐いていた。
「やっぱり、もう私は男として生きるしか…」
私はもうくだらない性自認を捨てるしかないとすら思った。
「男になり切るにはどうすれば…」
それだけを考えていた。
気づけば16:30になっていた。
「バイト、行くか…」
バイト先のカフェに着いた。
内面はめちゃくちゃだった。
だが、忙しくてそれどころではなかった。
「今日は1980円ですね。お会計お願いします」
淡々とレジを打つ。
もはや私の表情はふぬけになっていたのかもしれない。
仕事が終わった。
私は気力を失い、休憩室で倒れ込んでいた。
「ちょっと、大丈夫!?」
起こしてくれたのは大学生のA先輩だった。
「A先輩… すみません…」
「いや、大丈夫だよ。それより、今日ずっと調子悪そうだったけど大丈夫なの?」
「まあ、はい…」
私はもう帰ろうと思った。
でも、朝になればまた地獄がやってくる。
どうにかしてこの世から消える方法がないか模索していた。
「そういえば、君の裏アカを見つけちゃったんだ」
私ははっとした。
そこには性自認のことや学校の愚痴などが書き連ねてあった。
「いや、気のせいですよ、僕裏アカなんて持ってないですし」
「じゃあこれは?」
先輩のスマホには、私の裏アカが写っていた。
「まさか…」
「共通のフォロワーがいてさ、たまたま見つけちゃったんだよね」
私はもう終わったと思った。
学校からも排斥され、今度はバイト先までも…
「今まで知らなかったけど、私は気にしてないよ」
私は驚いた。
「本当ですか…?僕は今日もオカマって言われたんです…」
「そう言う人もいるけど、全員じゃない。理解者は必ずどこかにいる。私は全然気にしてないよ」
「ありがとうございます…」
「もしよかったら、今日星見に行かない?君に穴場教えてあげるよ」
「そんな、先輩と一緒に行くなんて申し訳ないです」
「全然大丈夫だよ!今日はこのあと予定ないかなたまたま星見ようかなーって思ってたんだ。ひとりだと怖いから来てほしい。来る?」
「じゃあ、せっかくなので行きます…」
それから先輩は私を車に乗せて、暗い道を走り続けた。
「着いたよ!」
車から降りて、頭上を見上げた。
そこには無数の星々が光っていた。
「すごい…」
私は初めて見る無数の光たちに、思わず息を呑んだ。
「私もね、バイセクシュアルで高校のときいじめられてたの。そんなとき、お父さんがここに連れてきてくれたんだ」
「そうだったんですね…」
私は先輩の話よりも夜空のほうに気を取られていた。
「あの明るい星、なんですか?」
「あれはカペラじゃないかな?五角形、見えるでしょ。あれがぎょしゃ座だよ」
「へぇ…よく知ってますね」
「うん。星が大好きで、たまに星を見に行ってるんだ」
横を見ると、先輩は双眼鏡で何かを見ていた。
双眼鏡… すごいな。
「ねえ、今も死にたいって思う?」
私はびっくりした。
正直に答えた。
「はい…もう、学校での居場所を無くしたので、すべて終わりにしてしまいたいです」
「そっか…」
先輩は黙り込んでしまった。
「でもね、星たちは差別をしないんだよ」
「星…?」
「うん。ほら、見て。カペラもアルデバランもリゲルも、シリウスもプロキオンもポルックスもそこにいるでしょ。バイセクシュアルだとかトランスジェンダーだからとか、関係ないんじゃないかな。だから、見てるだけで差別しない存在もたくさんあると思うよ」
「なるほど…」
「あの青いキラキラ、見える?」
「はい、あれはなんでしょうか」
「あれはすばる。双眼鏡で見ると綺麗なんだよ〜。見てみる?」
私は双眼鏡を手渡された。
「どうやって使うんですか?」
「ここでピント合わせるだけ。やってみて」
私はすばるを探した。
「あ、なんかもくもくしたやつが!」
「それだと思う!」
私はずっとそのもくもくに夢中になっていた。
「どう?綺麗でしょ」
「すごい…」
「だよね。私は正直、生きてればなんでもいいと思うんだ。もし君が「僕」で生きたいならそれもいいし、「私」で生きたいならそっちでもいい。好きなほうで生きなよ。そしたら、また星に出会えるよ」
「ありがとうございます。本当に綺麗ですね…。もしよかったら、また私を連れてってくれませんか」
「もちろんいいよ!また一緒に星を見ようね!」
私はそのとき、初めて私を差別しない存在に出会った。


















