即興文学

即興文学#6 -ベテルギウスとバスケ部女子-

即興で書いた短編を公開するシリーズ、「即興文学」です。

今日は「ベテルギウスとバスケ部女子」をお届けします。

本文

私はバスケ部に入っていた。

それはある2月のこと。

「もうすぐ終わるよ!気引き締めていこう!」

いつも通り試合の練習をしていた。

ボールを受け取って右に切り返そうとした瞬間、

「ああっ…!」

私はその場に倒れてしまった。

「え、大丈夫!?ちょっと、どうしよ… 先生!」

私の膝は切れてしまった。

気づけば私は病室にいた。

「大変残念ですが、右膝の靭帯損傷と診断されました。今後数ヶ月は…」

え、靭帯、損傷?

最初はよくわからなかった。

でも、徐々に現実と向き合う必要が出てきた。

「もしかしたらもうバスケットボールはできないかもしれません」

「そんな…」

私は今まで、バスケットボールが生きがいだった。

仲間たちとほぼ毎日汗を流して、その帰り道にマックに寄るのがいちばんの楽しみだった。

この前もいつもの4人でハンバーガーを食べながら笑い合ってた。

なのに、もうできない…?

「まずはリハビリをがんばりましょうね」

理学療法士の人が言った。

そこからは退屈なリハビリ地獄が待ち受けていた。

「いたい…」

具体的な内容は正直あまり覚えていない。

とにかく何もかもが嫌だった。

「今ごろみんな、私抜きでバスケしてるのかな…」

喪失感でぐしゃぐしゃになっていた。

バスケのグループLINEには、今日も楽しそうな会話が並んでいた。

「今日の試合よかったね!」

「もうすぐ大会近いし、がんばろ!」

もう私なんて、要らないのかもしれない。

私はスマホを思いっきり投げた。

大きな音が病室に響いた。

「どうして私が…私だけがこんな目に遭わなくちゃいけないの!」

私は髪の毛をかきむしり、気づけば涙を流していた。

「食べないと、元気でないよ」

看護師さんがそう言った。

でも、私はその日の夜ご飯を何も食べなかった。

「もうやだ…」

私はバスケ部のグループLINEの退出ボタンを見つめていた。

でも、退出したら戻れる場所がなくなると思ってやめた。

Instagramを見ると、部活の仲間が今日は隣町のスタバに行っていたらしい。

「今月の新作美味しかった!」

「この色映えるよね!」

「またみんなで行こうね!」

投稿のキャプションを見ていると、自分だけ生きている意味がないような気がしてきた。

「私だって、その場所にいたはずなのに…」

その日は一睡もできなかった。

イヤホンを差してYouTubeでお笑い動画を見たが、むなしくなってすぐ閉じた。

翌朝、私はまたご飯を食べなかった。

「ご飯、食べようよ。倒れちゃうよ」

そう言われたが、私はもう生きる意味を失っていた。

その日はリハビリする気にならず、ずっとベッドの上で過去の写真を見ていた。

出てきたのは4人で撮ったプリクラ。

「ついこの前まではみんなとプリクラも撮ってたのに」

私はまた泣いてしまった。

枕が涙でぐしょぐしょになって気持ち悪かった。

そして看護師さんが夜ごはんを持ってきた。

「ねえ、もう1日も食べてないよ。ほんとに倒れちゃうよ。食べるまで私ここにいるから」

そこにはごはんと魚と味噌汁、漬物があった。

「私、食べません。もう何もかも嫌になりました。このまま全部終わらせたいです」

「そっか…」

看護師さんは黙ってしまった。

「ねえ、屋上来る?」

私は「なんで屋上?」と思った。

「え、屋上に何かあるんですか」

「星が見えるよ。この季節はオリオン座が見えるんだよ」

「星、ですか。正直どうでもいいです」

私は星になんの興味もなかった。

「来てみるだけ来てみたら?エレベーターあるし車椅子でも行けるよ」

めんどくさかった。

でも看護師さんが強く勧めてきた。

私は気晴らしになるかと思ってなんとなく車椅子に乗った。

そして、看護師さんの案内でエレベーターに乗った。

屋上に着いた。

「今日は晴れてるね〜」

看護師さんが上を見上げている。

私もなんだろうと思って空を見上げた。

そこには、今まで見たこともなかったような景色が広がっていた。

「え、こんなのがあるの…」

私は口をぽかんとあけていた。

そこには光の点が無数に瞬いていた。

そのうち7個くらいは特に明るかった。

中でもある星座が一際目立っていた。

「え、あの砂時計みたいなやつはなんですか?」

「あれはオリオン座だよ。左上の赤いのがベテルギウスっていうの」

「なんか聞いたことある…」

私はそのベテルギウスの瞬きをずっと見ていた。

「ねえ、知ってる?もうすぐベテルギウスなくなるかもしれないんだよ」

「え、なんでなんですか?」

「それはね、ベテルギウスは大きな星だから超新星爆発を起こすだろうって言われてるんだ。でもいつになるかはわからない。明日かもしれないし、1万年後かもしれない」

「そうなんだ…」

「もし爆発したら、昼間でも見えるくらい明るくなるんだってさ。夜になると満月くらい明るくなるらしいよ」

「え、そんなに!?」

「うん。でも、いつ見れるかはわからない。もしかしたら私たちの代では見れないかもしれないね」

「そっか…」

私は少し残念だった。

やっぱり見れないのか。

「でもね、もし君がここで餓死したら、超新星爆発は二度と見れないよ。1年後爆発したとしても、もう君はそれを見ることはできない」

「たしかに…」

「私も高校生のときいろいろあって1年間入院したけど、毎日星を見てたよ。それで色々勉強した」

「なるほど…」

「君ももう少し生きてみない?そしたらベテルギウスの超新星爆発、見れるかもしれないよ」

「そっか…」

私は夜空に眩しく輝く明るい点を見てみたいと思った。

もしかしたら、見れるのかな。

「わかりました。少しだけ、がんばってみます」

それから私たちはずっと夜空を見上げていた。

その日の夜ご飯は、味噌汁だけ全部飲んだ。

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