即興文学

即興文学#10 -共テ直前のしぶんぎ座流星群-

即興で書いた短編を公開するシリーズ、「即興文学」です。

今日は「共テ直前のしぶんぎ座流星群」をお届けします。

本文

もう1月になった。

共通テストまであと2週間。

だが、勉強がまったく手につかなかった。

「もうどうしたらいいんだろう…」

直前の模試で第一志望がC判定になって以来、私は燃え尽きていた。

「どうせ今からやっても変わらないんじゃ…」

後輩のInstagramを見ると、「お年玉たくさんもらえた!お雑煮も食べれて幸せ!」というような投稿があふれかえっていた。

「私はもうだめだ…」

家族はリビングでおせちを囲って箱根駅伝を見ている。

私はもう2週間以上予備校に行っていなかった。

机の上には開きっぱなしの数学の参考書が散らばっている。

昨日も1ページも進まなかった。

その前の日も1問も解かなかった。

「もう終わりだよ…」

私は机に突っ伏して泣いた。

下にはノートがあった。

気づけばノートが濡れていた。

「模試前までは毎日12時間も勉強してたのに…」

第一志望は国立の教育学部。

「お金がないから私立には行かせられない」と言われている。

試験に落ちたら浪人費用も自分で稼がないといけない。

「落ちたら、もし落ちたらまた1年間…」

私は本棚の参考書を眺めた。

今まで国語、英語、数学、地理、日本史、生物基礎、化学基礎、…と努力を重ねてきた。

高校3年は毎日予備校に通って、友達の誘いも断り続けてきた。

「なのに… どうして…」

私は本棚の中から英語の教科書を取り出した。

「英語を一番がんばったのに、模試で偏差値52だったよ…」

私はまた泣いてしまった。

「今頃みんな、必死に勉強してるんだろうな」

私はむなしくなって窓を開けてみた。

気持ちいいくらい晴れている。

「もう私の人生、終わったのかな」

私は壁に貼っている模試の結果を眺めながら、しばらく動けずにいた。

「もう年明けたね!調子どう?」

誰?

ああ、天文部の後輩だった人か。

高校の中では一番仲がよかった子だった。

最近はほとんど話していなかった。

「まだ高2のくせに… 私も戻りたいよ」

私はそのLINEに返事しなかった。

「写真が送信されました」

スマホの画面がまた光った。

「今度は何?写真?気になるな…」

私はLINEのトーク画面を開いた。

そこには「しぶんぎ座流星群 1月4日極大!」と書いてあった。

「流星群?舐めてんの?」と思った。

私は既読無視にした。

またスマホが鳴った。

「今度はなんだよ、うるさいな…」

そこにはこう書いてあった。

「風の噂で、落ち込んで勉強が手につかないって聞いたよ。流星群を一緒に見に行こうよ」

私はまた既読無視にした。

「どう?来る?今年は新月で最高なんだよ!しかも天気予報は晴れ!見逃したら後悔するよ!」

私はもう何も返信しなかった。

しばらくしてまたメッセージが来た。

「ごめんね、調子に乗っちゃって。やっぱり流星群どころじゃないよね。今回はひとりで行くよ。写真撮れたら送ってあげるね。あと、受験勉強、できなくても自分を責めないでね。私のお兄ちゃんは1月ずっと遊んでたけど、参考書を眺めてるだけで受かったよ。何かあったらまた連絡ください」

私はそこで泣いてしまった。

「私、もうどうしたらいいかわからない…」

そして短いメッセージを送った。

「ありがとう」

今まで自分のことを責めすぎていたのかもしれない。

涙は止まらなかった。

気づけば日が沈んでいた。

「もうすぐ、極大か。あの子は見に行ってるのかな」

私はお雑煮の残りを少しだけ食べた。

「やっぱり、今年の流星群見たいな」

私はLINEにこう打った。

「やっぱり、私も行きたい」

返事はすぐ返ってきた。

「ほんと!?ちょうどよかった。一緒に見に行こう」

場所はいつもの裏山だった。

私たちは合流した。

「久しぶり!元気してた?」

「うーん、まあまあかな?」

ほんとはボロボロだった。

「あと3時間で極大だね。でも極大前後だからもうバンバン見れると思うよ」

「そうだね」

私たちは一緒に夜空を見上げた。

彼女が手を繋いでくれた。

「来てくれてありがとね」

私は何も言わず夜空を見上げていた。

西のほうにオリオン座がいる。

「もうオリオン座も沈みかけか…」

「そうだね。もう春だね」

「まだこんなに寒いのに、もう春なんだね」

「うん。あっちに北斗七星があるよ」

「ほんとだ」

私たちは北の空に昇る北斗七星を一緒に見上げていた。

そのとき、天頂のあたりを光の筋が走った。

「あ!今流れた!」

「私も見た!すごいね!」

しぶんぎ座流星群は初めてだった。

去年は曇っていて見れなかった。

「流れるのがすごく速いね」

「そうだね」

私たちは一緒に天頂を見上げていた。

「あ!まただ!」

「え、今の明るかったよね?」

「あっちのほうにも流れてった!すごい!」

私たちは久しぶりに大はしゃぎした。

「その笑顔、かわいいね」

彼女が私に言った。

「ありがと」

私はずっと夜空を見上げていた。

「ねえ、最近勉強手につかないんだって?」

「そう、模試の結果見た後から自分のやってることが無意味に思えてきて、何もできなくなった」

「そっか… それ、模試のせいじゃない?今までがんばったんだから、大丈夫だよ。あとは過去問解いて慣らしてくだけだと思う」

「たしかに」

私は夜空を見ていると、模試の結果なんてちっぽけに思えてきた。

「もう模試の結果なんて捨てたら?」

「うーん、苦手な部分もわかるし…」

「勉強できてなかったら意味なくない?」

私ははっとした。

今まで私は、「偏差値52」に縛られてずっと自分を責めていた。

それがかえって邪魔になっていたのかもしれない。

「模試の結果、破いて捨てちゃいなよ」

「わかった」

そのとき、一際大きな流星が流れた。

「え、今のすごくない!?絶対火球だよ!タイムラプスで撮れてるかな!?」

「だと思う!」

その晩、いくつもの流星を見ることができた。

私は眠い目を擦りながら家に帰った。

そして、自分の部屋に貼ってあった模試の結果をビリビリに破いてゴミ箱に突っ込んだ。

「もう少しだけ、がんばってみよう」

私は新しいノートを開いてシャーペンを持った。

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