即興文学

即興文学#5 -ペルセウス座流星群と受験生-

即興で書いた短編を公開するシリーズ、「即興文学」です。

今日は「ペルセウス座流星群と受験生」をお届けします。

本文

もう8月になった。

第1志望の薬学部はE判定。

第6志望だけD判定だった。

「もうやだ…」

私は今まで、毎日塾の自習室に通った。

8時から21時まで、休憩以外は12時間くらい勉強していた。

なのに、成績はほとんど上がらなかった。

苦手な数学は31点から35点になっただけだった。

「もうどうしたらいいの…」

私は予備校に行く気が失せていた。

完全に燃え尽きていた。

自分の部屋にこもって、今までやってきた参考書のページをめくった。

自分の努力は完全に無駄だったと思った。

「数学なんて大嫌い…」

私はしばらく自分の部屋から出れなくなっていた。

まるでセミの抜け殻のようになっていた。

Instagramには「模試の成績公開します!夏休み前はE判定だったけど今はB判定になりました!」という投稿が溢れていた。

私はInstagramのアプリを削除した。

気づけば私は机に突っ伏して泣いていた。

私のノートが涙でぐしょぐしょになっていた。

私はベランダに立って、沈んでいく太陽を見つめていた。

「私の人生なんてもう終わりだ…」

ふとベランダから地面を覗くと、地面が遠く感じられた。

ここは11階。

「ここから飛び降りたら死ねるかな」

そんなとき、後ろから声がした。

「どうした、そんなところで考え込んじゃって」

振り返ると父の姿があった。

「うん… 成績が上がらなくて」

「そっか… ずっとがんばってたもんな」

「そうだよ!私、あんなにがんばったんだよ?どこにも遊びに行かないでずっと勉強してたのに…」

私はベランダの柵に頭を預けた。

「そうだな、お前は誰よりもがんばってたな」

「でも、結果が出ないと意味ないじゃん」

「そうか?」

私は父の言葉にびっくりしていた。

「少し、気晴らしでもしに行く?」

「気晴らしってどこ?」

「今日はな、ペルセウス座流星群の日なんだ。天気は晴れで、月もいない。数年に一度の好条件なんだぞ」

「流星群なんてどうでもいいよ…」

私は泣きそうになった。

「流星群、見たことないだろ?見てから言えよ」

「そっか… 流星群って、どんなやつなの?」

「流れ星がたくさん見れるんだ。どうだ、行ってみるか?」

私は「うん」と答えた。

車に乗って、高速道路を走った。

ふたりきりで出かけるのは何年ぶりだろう。

現地に着いた。

「ここは俺が学生の時にペルセウス座流星群を見た駐車場なんだ。穴場なんだぞ」

よくわからない山奥に着いた。

暗くて何も見えない。

父がヘッドライトをつけている。

「危ないから一緒に歩こう」

父が私の手を握ってくれた。

見晴らしのいい場所に着いたとき、頭上を見上げた。

そこには、無数の星々が瞬いていた。

「すごい…」

私は思わず息を呑んだ。

こんなにたくさんの星を見たことが人生で一度もなかった。

「ねえ、これ全部星なの?」

「そうだ、全部星だ」

すごい…

「お、あれアンドロメダ銀河かもしれない」

「なに?アンドロメダ銀河って」

「それはな、ここから300万光年くらいにある大きな銀河なんだ。無数の星が集まってるんだぞ」

「へぇ…」

でも正直、そんなの見えなかった。

「双眼鏡ならよく見えると思う。今日は忘れてきちゃったけど」

ふと西の地平線近くを見たとき、明るい星が集まっていた。

「ねえ、あの明るい星はなに?」

「あれはデネブだと思う。白鳥の尻尾の星なんだ」

「デネブって、夏の大三角のやつ?」

「そうだ。デネブの下に2つ明るい星があるだろ」

「ほんとだ…」

私はその姿に見惚れていた。

夏の大三角なんて、小学校ぶりだっけ。

「お!今流星が流れた!!」

「え、どこどこ?」

「もう消えちゃった」

「そっか…」

私たちは流星群を見にきたんだった。

流星ってどんなやつなんだろう。

この目で見てみたいな。

「おー!また流れた!」

「え、どこ?」

「あっちのほうに落ちてった。今日は流星がたくさん見れるかもしれないな」

羨ましいな…

私はまだ一個も見れてない。

どんどん時間が過ぎていった。

「また流れたぞ!」

「今明るいやつが流れてった!あれは火球だ!」

「今度はあっちのほうに落ちてった」

父は大興奮している。

でも、私はまだひとつも見れていなかった。

「まだ私、ひとつも見れてない」

「え?どこ見てるんだ?」

「あっちの方向をずっと見てるけど、全然流れないよ」

「あそこはペルセウス座で、放射点だ。放射点から流星群がやってくる。いいか、ひとつの場所だけ見るな。全体を俯瞰しろ。そうしないと流星は見れないぞ」

私ははっとした。

「ひとつの場所だけ見るな…?」

私は今までの私を振り返っていた。

塾にこもって毎日12時間以上勉強していた。

でも、ひとつの問題で5時間以上悩むことが多かった。

「ねえ、ひとつの問題が苦しくなったら、他に逃げてもいいのかな?」

「もちろんだ。今までひとつの問題にばっかこだわってたのか?それじゃ人生は変わらない。全体を広く見るんだ」

私はその一言を聞いて、気づけば涙を流していた。

「私、模試でひとつわかんないとずっと考え込んじゃって… 全部完璧にしないと、完璧でいなきゃってずっと思ってた」

「完璧である必要なんて全くない。全体を見渡して、得意なところからやっていけばいい」

私は父の手を強く握って、肩を寄せた。

「ありがとう、教えてくれて」

私は天頂のあたりの夜空をずっと見ていた。

そこに、一際明るい火球が通っていった。

「あ、今流れた!」

「今のめっちゃ明るかったな!見れた?」

「うん!見れたよ!すごかった!」

「放射点ばっかり見てたら、今のは見れなかったな」

私はそのとき、ほんの少しだけ問題を間違える勇気をもらった。

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